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本州最北端の青森。陸奥湾に面した浅虫地区は、かつて
「東北の熱海」と呼ばれた温泉地だ。沖合800メートルには、
地域のシンボル「湯の島」が浮かんでいる。
ここにお昼になると高齢者でいっぱいになる食堂がある。
提供される食事は塩分控え目の「健康長寿ランチ」だ。NPO法人が運営するこの「浅めし食堂」が誕生したのは2003年。地元の病院の石木基夫先生が、往診中、菓子パンや缶詰などで食事を済ませる高齢者を見て、「一日一食でもバランスの取れた食事を」と、この食堂を立ち上げた。
2013年、「浅めし食堂」は石木先生が病院の隣に建てた高齢者向けアパートの中に移転オープンした。「浅めし食堂」は一般のお客さんだけでなく、アパート入居者の三度の食事も提供することになったのだ。
献立を考えるのは店長の三国亜希子さん。これまで常連客には受け入れられてきた塩分控え目のメニューだが、入居者たちからはその薄味を「まずい」と言われてしまう。「どうしたら美味しく食べてもらえるんだろう・・・。」と悩む日が続いた。
阿部シゲさん(97歳)は「浅めし食堂」のスタートの時からの常連客だ。シゲさんが内縁の夫と死に別れ、浅虫に戻ってきたのは79歳の時。知人も少なく、賑やかな食卓に飢えていた。そんな時「浅めし食堂」がオープンし、そこでシゲさんは心から本音を言い合える親友を得た。シゲさんにとって「浅めし食堂」は、自分らしくいられる初めての場所だったのだ。
前島フミエさん(88歳)は、その施設で暮らす夫の一夫さんに会うために、毎日歩いてやってくる。雨の日も、風の日も、雪の日も。できるだけ長く住み慣れた自宅で過ごしたいというのが、フミエさんの願いだ。しかしある日、フミエさんも一夫さんと同じアパートの入居者になっていた。一人で生活していく事ができなくなったのだ。そして新しい生活にも慣れないうちに、一夫さんがフミエさんを残してこの世を去った。
その健康長寿ランチで支持されてきた「浅めし食堂」は、次第に地域住民の心の拠りどころとなっていく。番組では、高齢者の食からその健康を守ろうという小さな食堂の挑戦を追う事で、幸せな老後や地域のコミュニティーの在り方を模索する。
◆ 永作博美 (田辺エージェンシー所属)
女優:テレビ、映画、CM、舞台などで活躍。
第35回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を
映画「八日目の蝉」で受賞するなど、受賞歴多数。
編集後記
ディレクター:小山田 文泰(青森放送)
取材を始めたのは2012年の12月でした。浅虫温泉にお年寄りが集う評判の食堂があると聞き、訪ねたのです。狭い路地を入った分かりにくい場所に、その食堂はありました。地名の「浅虫」にかけて「浅めし食堂」。営業時間は「朝」ではなく、月曜から金曜のお昼の2時間。スナックを改装した小さな店舗で、その評判は本当なのか、と疑ってしまうほどでした。しかしお昼になると、隣にある病院の診療を終えたお年寄りたちが続々とやってきたのです。
なぜここにお年寄りが集って来るのか、なぜこの空間に温かさを感じるのか・・・。その疑問を解くために、結果的に3年間、カメラを回させていただく事になりました。
2013年、「浅めし食堂」は「高齢者向けアパート」の中へ引越し、雰囲気もがらりと変わりました。こだわりのインテリアでまとめられたお洒落な店内には、大きな窓から眩しいほどの陽が差し込んでいました。素敵な食堂でとる美味しい健康長寿ランチを目当てに、新たな客層も訪れるようになりました。
風の強いある日、談笑の残り香が漂う午後の食堂に、光と陰が交互にテーブルを這う様子が目に留まりました。笑顔と孤独。理想と現実。それは、幸せそうに見えるお年寄りたちや高い志を持つ食堂スタッフたちも、それぞれが痛みを抱えながら歩んでいる事を気付かせてくれました。それでいて尚、「浅めし食堂」の温かさの温度が変わらないのは、地域の人々が持ち寄った心の温かさが、この空間を育んでいるからなのでしょう。お年寄りの健康のために立ち上げた食堂は、いつしか人生の宿り木のような存在になっていたのです。