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書や水墨画の世界で活躍する“墨の芸術家”幸才多聞(こうさい たもん 本名・真澄)さん45歳。住んでいるのは石川県白山市。先ごろ「白山手取川ジオパーク」に認定された自然豊かな白山麓のまちです。このほど幸才さんは山間部から、遠く離れた海へと活動拠点を広げました。一見芸術家とは全く縁がないと思われる漁師になったのです。これまで石川県の水墨画公募展で最高賞を得るなど、数々の受賞で高く評価されてきましたが、作家活動と漁師の両立をめざしてスタート。
幸才さんが本格的に書道を始めたのは13年ほど前。その後、書道の師範の資格を得て自宅で書道塾を開きます。そのころから時折、趣味で釣りに出かけていた幸才さん。釣りを教えてもらっていた、漁師で船長の長田さんが去年、船を買い替えると聞いて、なんと手放す船を買い取ることに。取り組んだことにはとことんやり抜く幸才さんの性格を知っていたものの、長田さんにとって、この決断は驚きでした。幸才さんは船舶免許や無線の免許を次々に取得、漁師をめざす固い意志を貫きます。
大学生の長女と高校生の長男の母親でもある幸才さん。漁師をめざす決意が強いことを夫も認め、見守っています。県外の大学で学び、里帰りした長女や高校・短大時代からの親友たちは、ときには船に乗り、幸才さんの漁を手伝って応援しています。
漁業の拠点となる美川港は、地理的な理由で冬から春先まで閉鎖されるため、冬場は書や水墨画の仕事に専念し、夏場は漁師としての活動を加えることが幸才さんの生活設計。白山麓のまちで活躍する墨の芸術家が、新たな世界に挑む日々を見つめます。
編集後記
ディレクター:片桐 真佐紀(グラフィス)
書や水墨画の作品制作と指導で活躍する“墨の芸術家”が漁師になるという物語。取材のスタートは主人公の幸才多聞(こうさいたもん)(本名:真澄)さんが、なんと漁船を買ったという事実に驚きと深い関心をもったことがきっかけでした。彼女が釣りを趣味としていたことは知っていましたが、書と水墨画では公募展で受賞を重ね、高く評価される多忙な芸術家。なぜ漁船を買ってまで漁師になったのか―率直な質問を投げかけてみました。彼女の答えは「これまで頑張ってきた自分へのご褒美に」と、まるでちょっと贅沢な服かバッグでも手に入れたかのように、あっけらかんと笑って話します。
家庭では大学生の長女と高校生の長男の母。家族は彼女の判断をどう思ったのか、白山市の自宅を取材。夫・雄一さんは「言い出したらとことんやる人だから」と笑うだけ。しかし、その言葉の陰には彼女への深い信頼感を感じました。
釣りや漁を指導し、船を譲った先輩漁師や、時折船に乗って漁を手伝う幸才さんの親友たちも、めざしたことには初志貫徹の精神でのぞむ彼女の姿には一目置いている様子。そのように強い探求心と頑固なまでに自分の夢に突き進む性格が、芸術家と漁師の二つの道を歩む原動力になっているようです。
柔和で親しみのある人柄の彼女がひとたび筆を持つと表情が一変、静寂の中で筆を走らせる真剣なまなざしに圧倒されます。静の芸術と動の漁業を両立させるエネルギッシュな姿をご覧ください。
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