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主人公の松澤朋典さん、「茅葺師」です。長野と新潟の県境、北アルプスの麓にある小谷村(おたりむら)で、茅葺屋根を専門にする「小谷屋根」の三代目。
妻の彩子さんとの出会いは衝撃的でした。彩子さんの運転する車が、道の真ん中に出てきたクマとぶつかり、動けなくなっていたところに松澤さんが現れて救出。そこから交際に発展、結婚に至るというまるでドラマの様な展開です。彩子さんは「茅葺師」という職業を知らなかったので、びっくりしたと話します。
3人の子宝にも恵まれ、みんな「とうちゃん」と呼んでいます。
松澤さんは、祖父の代から続いてきた茅葺の伝統技術を守り続けています。小谷は、長野県内でも有数の豪雪地。2メートルを超える雪にも耐えられるという茅葺屋根を作る“道具”は、茅葺師の手と足です。手袋もせず、節や葉がそのままのカヤを扱い、びっくりするくらい強烈な“足技”で、屋根の上のカヤをガンガン踏み、固く頑丈な茅葺をつくり上げます。一度葺いたら、60年は持つ強い屋根葺きが自慢。そのため松澤さんの手は、驚くほどゴツゴツした、まさに職人の手。
一方「とうちゃん」の時の顔は、優しく穏やか。好物というハチの子取りに出かけたり、年明け行事の「どんどん焼き」に参加したりと、小谷の伝統文化を守り続けています。
屋根葺きは、材料のカヤがないとはじまりません。小谷村には、まだカヤ場が残っていて、地元住民が維持に努めています。春、雪解けと共に、見事な連携プレイで山を焼き尽くす「火入れ」。そして、秋の「刈取り」。独特の様式でカヤたてを行った山肌には、詠嘆の風景美が広がります。カヤ場を後世に残し、小谷独特の屋根葺きを続けていくことが松澤さんの願いです。
編集後記
ディレクター:宮川伊都子(信越放送)
長野と新潟の県境、北アルプスの麓にある小谷村には小学校が1校だけあります。以前取材でお世話になったその校長先生から紹介されたのが、茅葺師・松澤朋典さんでした。茅葺屋根を専門にする「小谷屋根」の三代目。会った途端、先生が「手がすげぇんだよ。触ってみ!」と言うので、触らせていただいたところ、びっくり仰天!「うそでしょ!これ人の手?」というのが、正直な感想でした。
それもそのはず、茅葺はほぼ手作業で、松澤さんは手袋をはめません。「僕は手の感覚を大事にしているし、カヤの中に何か違う植物が混ざっているとすぐわかる。そのセンサーはすごいと思うけど、手袋をしていたのでは働かない。」と話します。
一度「カヤすぐり」という、カヤに付いている余分な葉などを落とす作業をやらせていただきましたが、イタタタタタタ!節や葉のギザギザが手に刺さって、痛いのなんの。松澤さんが「カラダは道具ですから、進化します。」と話す通り、あの手に“進化”しないと、カヤ仕事はできません。そのくらいすごい手です。茅葺屋根にはカヤが必要です。茅葺師がいて、茅葺屋根があって、カヤ場がある。3拍子揃っているところは、国内では少なくなりました。地元の人たちがカヤ場の維持にも努め、春の火入れや、秋のカヤ刈りは、年中行事に組み込まれています。会社人生ウン十年…報道、制作と経験してきましたが、火入れも、カヤ刈りも見たことがありませんでした。美しく、豪快な光景に驚愕でした。
小谷での松澤家の営みも驚愕です。ハチの子大好物!「ハチの巣があると、普通に食べ物として取ります。」ということで、ハチの巣を見つけた途端、棒1本持って叩き落とし、その後、ピンセットでハチの子をヒョイヒョイつまんで、そのまま口へ。「滋養強壮にいいんですよ。これで100m多く走れます。」とのこと。食べてみましたが、口の中で、皮がはじけブチッ、そしてニュル…鳥肌が立ち、「ひぃぃぃー」と思っていたら、「うちのじいちゃんは、弁当箱にサンショウウオが7匹入っていて、それがお昼。生じゃなきゃ飲んじゃダメっていうのと、7匹以上飲むと体が冷えるって言ってたって!」と大笑い。豪気さも受け継いだ、三代目です。
昔ながらの風習が残る小谷。茅葺の技術を残したいと松澤さんは奮闘しています。今後、どんな形で、小谷の伝統も茅葺も残していくのか、引き続き注目していきたいと思っています。