2009年8月15日(土)(テレビ朝日OA) IBC岩手放送制作
岩手県盛岡市市立病院に勤務する看護師、山内梨香さん(35)は4年前に乳がんを宣告されました。絶望の闇の中、彼女が見つけ出した一本の道・・・それは、「笑顔」を武器に、がんと戦うこと。今、山内さんは「笑顔」で、こう語ります。・・・「がんは幸せな病気なのかもしれない」。昨年4月、山内さんは一冊の闘病記を発表します。その名も「がけっぷちナース がんとともに生きる」。随所にユーモアを散りばめた、この風変わりな闘病記は、今も、病気と戦う多くの人たちを勇気づけています。一進一退を繰り返す病状の中、看護師の仕事に加え、本の執筆活動や講演会と、多忙な日々を送る山内さん。彼女を前へと突き動かす原動力は、果たして何なのか・・・。番組では、がんと戦いながら成長を続ける一人の女性の人間力、そして、彼女の「笑顔」を支える家族と恋人の人間力に迫ります。
◇ディレクター:佐々木 穣◇
2009年7月20日。番組主人公・山内梨香さんの「笑顔の戦い」は新たな章を迎えることとなった。念願だった高橋正さんとの入籍を果たしたのである。盛岡市役所に祝福に集まってきた友人たちとマスコミ関係者に囲まれ、梨香さんの笑顔は最高に輝いていた。
乳癌と戦い続けてきた4年近い日々。その中で、掴んだ一人の女性としての幸せ・・・。その日が梨香さんにとって最良の一日となるだろうことは、梨香さん本人も、周りの人たちも誰一人として信じて疑わなかった。夜になって、一本の電話がかかってくるまでは。
祝いの席上、梨香さんの耳に入ってきたのは・・・訃報だった。
7月19日。夜8時。仙台で闘病中だった大井優子さんが、37年の生涯を静かに終えた。番組中盤に登場し、乳癌患者としての立場から、懸命に思いの丈を語って下さった大井さん。6月21日の取材では、一時間半に渡って殆ど喋り通しだった。それから一ヶ月を経ず、大井さんは天に召されたのだ。
何故、大井さんは殆ど最悪の体調の中、あれほど熱心にお話をされていたのか・・・。
その理由を想像してみると、二つあったように思う。
一つは、山内梨香さんに、同じ病気と戦う仲間だからこそ通じ合える「絆」を感じたからだ。取材に伺った時、大井さんは翌日に緩和ケア病棟への移動を控えており、精神的に最も辛い時期を過ごされていた。そんな中、梨香さんの訪問を受け、語り合い、笑い合った大井さんは、気持ちが随分楽になったと、後に友人に語ったそうである。
そして、もう一つ。これは、もしかすると私の勝手な思い込みかもしれないが、「カメラ」があったからではなかっただろうか。東京でテレビ制作関係の仕事をしていた大井さんは、つい最近まで、取材をする側の人だった。(実は病気になる前に山内梨香さんの存在を知った大井さんは、梨香さんを取材してみたいと思っていた。)梨香さんと話している間、大井さんは決してレンズの方は見なかった。しかし私は、撮影しながら大井さんの意識の半分がレンズに向かっているのを肌で感じていた。結局、番組中の短い時間で、大井さんの熱い思いを伝え切ることは、私には出来なかった。今そのことを、大変申し訳なく思う。大井優子さんの安らかなご冥福を、心から祈らせていただきたい。そして、感謝したい。尊敬すべきテレビの先輩と出会えたことを・・・。
大井優子さんに続き、7月28日には歌手の川村カオリさんが亡くなられた。直接的な面識の有無に関わらず、同じ病気と戦ってきた人たちの死は、今、山内(高橋)梨香さんの心に暗い影を落としている。最近電話でお話したとき、梨香さんは、大井さんの生前に、もう一度会える機会があったのに、実現出来なかったことを後悔していた。電話の向こうで梨香さんが涙しているのが分かった。「泣きたいときには泣けばいい・・・」番組の最後で梨香さんが語っていた通り、これまでも彼女は、亡くなった人たちのために多くの涙を流してきたのだろう。だが、ほんの2か月程ではあるが、山内梨香さんを取材してきて、私は確信していることがある。それは、彼女が程なく笑顔を取り戻し、前へ進み出すことだ。
亡くなられた人たちは、これからも梨香さんの心の中で生き続けていくことだろう。
今から2年前。梨香さんは肝臓と左脚大腿骨へ転移した癌との戦いの中、何度も死を覚悟したという。治療の効果がなかなか出ないことに対して常に苛立ち、恋人の高橋正さんにカツラを投げつたこともあった。だが、その状況から、「生きる」という強い意志で這い上がってきた梨香さんには、いつしか病気になる前よりも遥かに強靭な精神が備わっていた。彼女の「笑顔」は、乳癌という現実を遠ざけるためのものではなく、病気と正面からぶつかるための最大の武器なのだ。やがて、梨香さんは、自らに向けられる周りの人たちの「笑顔」が何よりもパワーを与えてくれることを学ぶ。「笑顔」が「笑顔」を生む相乗効果・・・そこに梨香さんは活路を見出したのである。(梨香さんは「笑い療法士」の資格を持つ)
私は山内梨香という人は強い人だと思う。きっと本人は否定するだろう。だが、私が思う彼女の強さは「弱さをさらけ出せる素直さ」「自分の心への誠実さ」を含んでいる。彼女の性格的な基礎は、病気になるずっと以前に形成されたものかもしれない・・・岩泉町の実家の取材をしていて、その疑問は確信に変わった。梨香さんの実家は、夜になると天の川が見える。そんな豊かな自然環境の中、何でも語り合える笑いが絶えない家庭で育ったこと。それが、今の梨香さんの人格的基礎となっているのは間違いないだろう。三人に一人が癌になると言われている今の世の中で、山里の山内家は、癌患者を支える家庭環境の大切さを、改めて教えてくれているように思う。
高橋正さんという生涯の伴侶を得て、新たな門出を迎えたばかりの梨香さん。彼女はこれから、どんな場所で、どんな家庭を築いていくのだろう。今度は高橋梨香さんの「笑顔の戦い」を見つめていきたい。
追記 番組主人公の高橋梨香さん(旧姓山内)は、2010年6月1日に永眠されました。
番組の編集中、山内梨香さんから私宛にメールが届きました。
“色々ありましたが無事結婚できそうです!ありがとうございました。
入籍するときは是非取材にきてくださいね。”
◆癌が、私を強くした◆
更なる癌再発の恐怖と戦いながら、笑顔を絶やさず、歩み続ける山内さん。
◆人間には 元気になる力がある◆
その原動力は、自分の生き様を通して、一人でも多くの癌患者を笑顔にしたい、幸せにしたいという思いです。
◆大切な人たちのために生きる◆
今の山内さんの最大の目標は、高橋正さんとの幸せな家庭を築くこと。
◆病気に苦しむ人たちの希望の灯りになる◆
まもなく高橋梨香となるこの女性の築く家庭の窓からは、病気で苦しむ多くの人たちを照らし続ける、希望の灯りがともり続けることでしょう
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